
前回のコラムでは、パチンコ店の営業形態について触れました。現在では「無制限営業」が当たり前となっていますが、筆者が打ち始めた平成初期には「ラッキーナンバー制」がまだ一般的でした。当時は営業スタイルにもメリハリがあり、それもパチンコの楽しさの一つだったように感じます。
ラッキーナンバー制はホールや機種によってルールが異なりますが、例えばパチンコでは、大当り終了時の図柄や数字によって、そのまま遊技を継続できる場合もあれば、一度交換しなければならない場合もありました。そのほか、「一回交換」や「定量制」といった営業形態も存在し、権利モノや羽根モノ、一発機などではおなじみのシステムでした。
しかし現在、ラッキーナンバー制を採用しているホールはどれほど残っているでしょうか。おそらくごくわずかでしょう。その背景には、営業形態そのものの意義が薄れたことがあります。現在のパチンコは1回の大当り出玉性能に大きな差があり、さらにデジパチや羽根モノといった遊技機区分も撤廃されました。こうした変化が積み重なり、無制限営業が標準になっていったのではないでしょうか。
一方で、営業形態と同じように、今ではほとんど見かけなくなったホールの「演出」があります。それが「あおりマイク」です。
「ゲームセンタータンポポ」や「神田センター」といったレトロ台ゲームセンターを訪れたことがある方なら、一度は耳にしたことがあるかもしれません。あおりマイクは単なる店内放送ではなく、ホールを盛り上げる生の演出であり、販促手法の一つでした。筆者にとっては、パチンコ・パチスロ文化そのものを象徴する存在でもあります。
いつ頃から始まった文化なのかは定かではありませんが、筆者が打ち始めた頃には当たり前のように行われていました。店員の威勢の良いマイクパフォーマンスに気分を高められ、大当りすれば自分の台番号が店内中にアナウンスされる。それだけで優越感を味わえたものです。また、どの台が当たっているのかを知る貴重な情報源でもありました。
当時は現在のように、呼び出しランプへ大当り回数やスタート回数、スランプグラフなどの詳細データが表示される時代ではありません。店内の状況を知る手段として、あおりマイクは重要な役割も担っていたのです。
ここ数年でパチンコ・パチスロを始めたユーザーや、若いホールスタッフの中には、あおりマイク自体を知らない人も少なくないでしょう。もし今、この演出を復活させようとしても、現在の静かな遊技環境に慣れたユーザーからは「うるさい」と受け止められ、クレームにつながる可能性が高いと思います。
実際、約15年前に筆者が勤務していたホールでは、役職者が久しぶりにあおりマイクに近い演出を行ったことがありました。しかし予想どおり、一部のユーザーから「うるさい」との苦情が相次ぎ、その後は二度と実施されることはありませんでした。
思えば、その頃から業界全体でもあおりマイクは急速に姿を消していったように感じます。ホールは大型化し、店内空間は広くなり、BGMも洗練されました。マイク放送も接客同様、落ち着いたトーンへと変化していきます。以前にも触れましたが、平成初期から接客スタイルそのものが大きく変わり、それに合わせて従業員の立ち振る舞いも変化しました。時代の流れの中で、あおりマイクという文化も役目を終えたのでしょう。
現在の広く静かなホールでは、あおりマイクは確かに馴染みにくいかもしれません。かつてのホールは設置台数も少なく、通路も狭く、客と従業員の距離も近い空間でした。ドル箱の上げ下ろしも当たり前で、すべてがアナログだった時代です。その後、データ表示機の普及によって情報はデジタル化され、あおりマイクの必要性も薄れていきました。
しかし、時代がデジタルへ進んだからこそ、アナログならではの温かみや臨場感が再び評価される日が来るかもしれません。もちろん、それを実現するにはゲーム性や営業スタイルなど、さまざまなレギュレーションも含めて見直す必要があるでしょう。それでも、ホールを一体感で包み込んでいたあの独特の空気は、今振り返っても魅力的な文化だったと思います。
(文:ヨッツマングローブ)
